3・11 の爪痕 ~南三陸町より~
- 2013/03/11(Mon) -
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今日で、あの日から2年が経ちました。

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(この写真は昨年の3月末に岩手から宮城の沿岸を訪ねた時のものです)

この日まで、地元の三沢市、八戸市、階上町、久慈市、野田村、陸前高田、気仙沼、石巻、
そして南三陸町と被災地を見て歩きました。

青森県の津波の被害はほぼ沿岸部で留まっていましたが、、
岩手県は県北の野田村から、町そのものが大津波に呑み込まれ、ほぼ壊滅してしまった町が多くなっています。
ここ南三陸町もご覧の通りの有様です。やはり震源が近ければ近いほど被害の度合いが大きいです。

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東日本大震災で、この地を襲った地震の震度は6弱、津波の高さは所によって16mもあったのだとか。
この3階建ての防災対策庁舎の屋上2mまで大津波は押し寄せ、
屋上に避難していた約40名の職員や町民のうち10名だけを残して、
大津波は彼らの身体ごと命を奪っていったのでした。

南三陸町のHPには、その時の写真が数点ありました → 東日本大震災 記録

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その防災対策庁舎の2階で、最後まで大津波の到来を知らせ町民に避難を呼びかけていた遠藤未希さん。
「ただ今、津波が襲来しています。高台に逃げてください!」
津波が町を襲い始めても尚、町民に非難を呼びかけていました。
彼女はギリギリまで放送し、屋上に逃げたものの他の職員の方と一緒に津波に呑まれてしまいました。
その声は 『天使の声』 とまで言われました。その放送で命拾いした町民も多かったでしょう。

この話しは後に、埼玉県内の公立小中学校1250校に道徳の教材となるという報道がありました。
ネット上などではそれに賛否両論の意見が出ましたが、反対派からは未希さんを罵る様な発言も見られ、
いくらネットとはいえ、それは余りにも酷い話しで亡くなった未希さんが可哀想です。

今でも彼女の声は、YOUTUBEなどで聞くことが出来ます。
津波の映像と彼女の声、まだ24歳と言う若さで結婚したばかり・・・胸が締め付けられるようです。

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この志津川病院も4階まで津波に呑まれ、75人もの死者・行方不明者を出しました。

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この黒い塊は蒸気機関車でした。たぶん公園に展示されていたものではないでしょうか。

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こんな事になるだなんて、誰が想像できたかな・・・

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1960年(昭和35年)のチリ地震大津波の時は、南三陸町には6m超の大津波が襲ったらしいのですが、
その経験や知識があった人にも今回の大津波は想像を遥かに超えるものだったと思います。

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『南三陸さんさん商店街』 のとある御老人。(お名前は聞きそびれました)
とても可愛い女の子のお孫さんと一緒にお店の前にいました。
自分の息子が、この商店街で1番最初に床屋を始めたと仰ってました。
ご自身はクリーニング店をなされていたそうです。

自宅は海から2km近くもあったそうで、まさか自宅まで津波が来るとは思わなかったそうです。
後ろから津波が追いかけてくるのをバックミラーで見ながら、とにかく車で逃げたのだそうです。

「完全に油断してたなぁ」 とポツリ。
沿岸の人は地震の後、直ぐに逃げた人が多かったのですが、内陸側の人は逃げた人は少なく、
実際に亡くなった人の多くは内陸側の方が多かったのだそうです。

「震災後は被災した人は直ぐに分かった。着てる服がチグハグだから」 と。
「自分が今着ている服も履物も全部貰いもんだ」 と笑いながら話していました。

実はこの復興商店街の直ぐ横には合同庁舎がありまして、
3階建ての庁舎も屋上すれすれまで津波に呑まれています。
ここから山手のかなりの所まで津波の痕跡がありました。
如何に凄まじい津波だったかが分かります。

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あの日から2年。
自分が被災地を訪ね歩いてから1年。
テレビとかでは見た目には少しずつ綺麗に片付いていくのは分かりますが、
政府があんなに声高に叫んでいた復興はどこまで進んでいるのでしょうか。


平成25年2月28日現在の人的被害(南三陸警察署発表)
 死者         566名
 行方不明者(届出数) 223名


心よりご冥福をお祈り申し上げます
 
 
 
 
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コメント
-Re: 克裕さん-
まさか自分がこんな光景を見るだなんて思いもしませんでした。
いや、実際に津波に遭われた方たちは、もっと凄まじい光景と体験をしたんですよね。
内陸側にいた自分たちなんて幸せそのものですよね。

日本は今後どうなんるんでしょうね?
経済的にも他国に抜かれるし、借金だらけだし、
しかもまだデカい地震が控えてるって言うじゃないですか。
いったいどうなっちゃうんでしょうね?
2013/03/12 18:46  | URL | ポン太 #b4jxZAz.[ 編集] |  ▲ top

-ん…-
写真を見ていたら悲しくなっちゃいましたよ。
今更ですが、何でこんな事になっちゃったんだろって…
月日が経つほどに、記憶が薄れていく現実がありますが、
決して忘れてはいけない事ですよね。
復興の事、原発の事もあるし…
これからの日本はどうなるのか、
かなり心配だぁ~!!
2013/03/11 22:57  | URL | 克裕 #-[ 編集] |  ▲ top


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